クトゥルフマンガの最先端はお姉ちゃん邪神~「姉なるもの」 – 8th FEB.

クトゥルフマンガの最先端はお姉ちゃん邪神~「姉なるもの」

人類の遙か以前より地球や宇宙を支配していた邪神の前に人間は無力な存在である。そんなクトゥルフ神話をネタにしたマンガやゲームはたくさんある。

特に最近は人気が高まっているようで、H.P.ラブクラフトの原典をコミカライズしているシリーズも続々発売されているし、昨年プレステ4でクトゥルフの呼び声と、ずばりその名を冠したゲームも発売されている。

しかし個人的にはこの作品が凄いと思う。邪神がお姉ちゃんとなって登場する「姉なるもの」だ。

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主人公は肉親を失い親戚をたらい回しにされている少年。ある叔父さんのところに引き取られたものの、叔父さんは発狂して入院をしてしまう。

叔父さんが立ち入りを禁じていた蔵の地下で少年が出会ったのは、「千匹の子を孕みし森の黒山羊」ことシュブ=ニグラスだった。しかしその禍々しいまでに美しい姿をまとう彼女に「ひとつ願いを叶える」と言われて、彼が願ったのは「お姉ちゃんとなって一緒に暮らしてほしい」というささやかな夢だった……。

世の中にお姉ちゃんと弟のラブコメはたくさんあれど、まさか邪神がお姉ちゃんとなって現れるとは考えもしなかった。これは大当たり。大鉱脈を掘り当てたといってもいいだろう。

何せ夏休みの日常を姉と弟が仲良く過ごしても、それはすべて邪神を相手とした歪な営みとして読み解くことができるからだ。

庭でプールに入ろうと、花火をしようと、宿題をしようと、すべて邪神との禁断の生活であり、いつかは終わりが来る儚い日々である。仮に生活が長続きすれば、邪神より自分の寿命が来る。もし邪神が先に現世(うつしよ)を去ることがあれば、その日々は終わる。あるいは邪神に食い殺されることもあろう。

そして、主人公の少年は、そうした可能性も受け入れつつ、しかし今まで親戚の間を冷遇されながらひとり寂しく過ごしてきた日々を埋めようとする。

冒頭の雰囲気を読むに「これはある夏の思い出」のような形にも読める。いつかは終わるのかという叙情性が(邪神相手なのに)漂っているのがまたいい。

作者の絵柄が美麗であることと、そうした叙情的な雰囲気もあいまって、なんともいえない作品となっている。

ちなみに「邪神なる姉」は、豊穣の女神(といっても旧支配者な邪神だが)でもあるため、主人公との交わりにちょっとしたセクシャルな描写もある。そこも作者の技量によりなかなか綺麗な描写をみせる。

同時並行で同人誌版「姉なるもの」もあって、これは大手同人誌ショップなどで購入することもできる。こちらは豊穣の女神たる「姉」と、成人誌的な展開も含めての交流が描かれていたりする。同じ作者が2つのラインで同じストーリーを描き出すというメディア戦略もまた現代的でおもしろいアプローチだ。

興味がある紳士におかれては、秋葉原のショップにでも出かけてみていただきたい。

なお、最新4巻のラストでは発狂していた叔父が目覚め、もうひとりの「姉なるもの」を見いだす。

まだまだ読者を楽しませる展開が続きそうだ。オススメである。


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