ゲームの最近のブログ記事

......えー、大昔に「ラプラスの魔」というゲームがありまして、
それをもじった日記タイトルなんですが、ま、それはおいておいて。


最近、「ラブプラス」というDSのゲームをやってます。
まあ、一日30分前後くらいなので、テレビを見ないで
代わりに時間を作れば、特に支障がない程度です。
(いや、原稿が大変なので、これくらいが限界だし、
 一日に何時間もやるゲームではないのです)

で、「ラブプラス」ってのはAllAboutの人気記事1位にも
なってますが、恋愛シミュレーションゲームです。
 →「ラブプラスが彼女を怒らせる構造」
http://allabout.co.jp/game/gamenews/closeup/CU20090922A/

舞台はある街の高校。主人公が高校2年の転入生で、
3人の女の子と出会って、彼女にするゲーム。
高1(ショートの文化系元気娘)、高2(テニスが強い優等生)、
高3(お姉さんキャラ)、が出てきます。

勉強とか運動とかして自分の能力値を上げると女の子が
振り向いてくれるようになって、出会いや親密さを高める
イベントを繰り返すと向こうから告白される、という感じ。
(こういうのって、説明してもおもしろさは全く伝わらない
 とは思うんだけど、ま、そういう感じ。興味ある人は
 ニコニコ動画とかでプレイ画像を見てください)

で、このゲームの良いところ(凄いところ)は3つあります。

1つは「マッチョ思想」なところ。
よくあるオタク市場のアニメとかゲームだと「自分はヘタレ
なのに、なぜか女の子がみんな自分に夢中」みたいなパターンが
横行しがちなのですが、ぼくはこういうの本当に嫌いです。
で、このゲームはとにかく自分の能力を磨いて高めていくと
女の子に振り向いてもらえるという仕組みになってます。
それがいい。だって、世の中そういうものじゃないか!と。
ちゃんと努力すると報われるって感じだし、遊ぶ子どもには
いい教育じゃないかと。(オトナが遊んでいるわけだが)

2つめは「間」をとるところ。
ドラクエでも何でも、ゲームを進め始めると、クリックして
画面を飛ばすことってありますよね。サクサク進めるために。
ラブプラスではそれができない! 朝の画面になったら、
数秒「待つ」。夜の画面になったらまた数秒「待つ」ことが
必要なのです。なぜなら、女の子がメールしてくる「かも」
しれないから。ちょっとドキドキしながら、「メールくるかな」
と思ってしばし、待たなければならない仕組みなのです。
こちらからメールを送る(そういうシステムがある)後も、
返事がくる可能性があるのでしばらく様子を見るのです。
ゲームをどんどん進めたければ画面を切り替えてもいいのですが
そうなるとメールに気づかないおそれがあるので、できません。
「待たせる」というストレス行為をユーザーに強いるわけです。
でもそれがいい。......っていうか、じりじりした「間」って
いかにも恋愛ですよね。

3つめは「告白されてからが始まり」だということ。
ゲームの前半は告白されるためにがんばるのですが、告白されて
以降もゲームは続きます。彼女とつきあって、デートして、親密
さを高めていく日々が続くのです。リアルの時間と連動した
イベントもあるので、「もしかして、このゲームを1年遊ばなく
ちゃダメですか?」とそろそろおびえ始めているほど。
しかしそれがいい。また自分の能力を高め、いろんなところに
デートに連れて行って、機嫌を取りつつ、キスをする。
登下校時などの日常会話のパターンが半端じゃなく多いので
飽きないし、自分の名前を音声で呼んでくれるバリエーションが
とてつもなく多いので、「ヤマザキくん」とかちゃんと呼んで
くれる(ヤマサキはなかったけど)。会話モードで、こちらの
好みを答えると髪型とか性格とか服装とか少しずつ変えてくれるのも
また芸が細かくておもしろいです。


というわけでしばらくは飽きずに遊んでます。
もちろん仕事の合間に、ね。


日本男子ラブプラス化計画(オフィシャルHP)
http://www.konami.jp/loveplus/

ラブプラス
コナミデジタルエンタテインメント (2009-09-03)

これはただ廃墟を楽しむゲームである。

個人的意見では、これはRPGとかシナリオとかが先ではなく、
「廃墟を探索するゲームを作る」が先で作ったものだと思う。
であるから、廃墟が楽しくないと遊んではいけないゲームだと思う。

遺跡とか産業遺産とか巨大建造物とかが好きで、廃墟が好きで、 
テレビゲームもやる私としては「廃墟探索RPG」なんてものが出たら 
やるしかない、と思う。

どうやら首都圏外郭放水路とか鶴見線国道駅とかダムとか廃病院とか
東京タワーとかを取材してはポリゴン空間を作ってある。
そうして、廃墟化したそれらの中を探索できる。すばらしい。

戦闘が単調なのは戦闘ではなく廃墟探索を楽しませるためなのでこれで良い。
何度も往復させられるのは何度も廃墟をうろうろする時間を与えるため
だから、これで良い。

個人的にはアイテムの回想のアイデアはかなり好きだ。
付け足しているようだが、世界観もシナリオも割と好きだ。
でも、廃駅、廃病院、廃ダム、廃遊園地などをうろうろすることが
楽しくなければたぶん楽しくないゲームだと思う。

私はとても楽しかった。たぶん、楽しい人はいるはずだ。

 
 



戦場のヴァルキュリア~ポスト「サクラ大戦」時代の難しさ

val.jpg間違いなく、良くできているゲームだと思う。
丁寧に作ってあるし、映像も美しい。
ぼくは好きだ。
でも、突き抜けられなかった。それも感想である。
良いか悪いかはまた別の話だ。

スタッフは、かつてギャルゲー×SLGの手法で
一世を風靡した「サクラ大戦」の開発メンバーだそうで、
いわばその正当進化型がこれである。
映像的にもシステム的にもよく工夫されている。
リアルタイム性を無理のない範囲で導入したのも
痛みが感じられて良い効果が出ていると思う。

私は楽しんだし、それなりに感動もしたけれど、
たぶん「サクラ」の感動には追いつけないのだろうとも思う。
それは、同じ映画を二度見て、新鮮な感動ができなくなるのと
どこか似ている。
原初的な感動というものは一度味わうと二度目の感動は薄くなる。

ポスト「サクラ大戦」、ポスト「ときめきメモリアル」時代の
ゲーム開発はさぞ難しかろうと思う。
時代が単純なキャラ設定では許さなくなっている。
私は「ヴァルキュリア」くらいの人物相関は古典的構図で
好きだが、「世界名作劇場」だと揶揄されてしまったりする。
刺激に慣れてしまったユーザーは、もっと媚びたくらいの設定
でなければ、もう響かないのかもしれない。
(ヴァルキュリアはサブキャラでは十分に媚びていると思うが
 恋愛対象にはならない。本ゲームは考えてみると恋愛シミュ
 レーションではなく、ただの難易度低めのSLGともいえる。
 これもまた、ユーザーの評価を下げたのかもしれない)

それでも、「サクラ」なんか知らないというユーザーはたくさん
いるはずで、常に「初めて」の感動を覚える人もいるはずだ。
できればそうしたユーザーには素直に感動してもらいたいなと
思う。すれっからしの辛口ユーザー(主にオトナオタク)の
辛辣なコメントに左右される必要はない。

素直におもしろいものはおもしろいと楽しんでもらえれば
いいなと思う。
残念ながら、ぼくはもうオトナオタクの側にいるのだけれど。



追記
 とはいえ、「妹」キャラがイイ、という人の気持ちを
 本ゲームをプレイし初めて理解し得たのは収穫であった。
 何人も妹がいるのは嫌だが、なるほど一人素直な妹キャラが
 いて主人公を支えてくれるというのはなかなかいいものだ。
 「兄様」と言われるのを喜ぶ心理は良く分かった。
 しかし、その妹が、ああなるとは!
 (↑気になる人はゲームをプレイ願いたい)
無限回廊
無限回廊
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ソニー・コンピュータエンタテインメント (2008-03-19)
売り上げランキング: 97
エッシャーのだまし絵をご存じだろうか。
道はつながっているのに、立体構造がおかしい不思議な図。
もし、あのエッシャーのだまし絵をゲームで遊べるとしたら?
もし、エッシャーのだまし絵を自分でぐるぐると回転させ、
道をいろんなところで、つなげたり離したりできるとしたら?
「無限回廊」はそんなゲームである。

PSPもしくはPS3(ダウンロード販売)で楽しめる
「無限回廊」はちょっとすごい。
画面上できちんと立体の物理原則が演算されているはずなのに、
画像をぐるぐる回すと、異なるフロアがつながったりするのだ。
つまり、わざと演算をおかしくしているということになる。
最初は1Fと3Fだったものが180度回転するとなぜか
同じフロアにつながったりする。これが、やってみると癖になる。

ゲームのテーマは主人公のキャラクターを目的地へ移動させるため
だまし絵をぐるぐる回して道を作ること。一言でいえばそれだけ。

最初のうちは、つい合理的な立体関係を考えてしまうので
どうしてもつながらないものが、徐々につながりはじめる。
その感覚が奇妙でもあり、心地よくなってくる。
ある程度をすぎると、自分としてはつながっていると思うのに
ゲーム内の判定ではつながっていないものに悪態をつき始めたりする。
「えー、それはつながってるでしょう」というのは少しおかしい。
よく考えてみれば、本当はつながらないと分かっているものを
無理矢理つなげているのだから。


常識を疑うことや、人の言うことを疑ってみることは
(相手が権威ある場合、特に)重要なことだと思うけど、
このゲームはまさにそんな感じの感覚を試される。
パズルは頭を柔らかくするためにあると思うけれど、
いやはや、このゲームはすごい。

   ■   ■
 
というわけで、PSPユーザーあるいはPS3ユーザーには
一度チャレンジをお薦めします。
おそらく実際にやってみないとよく分からないと思いますが、
体験版もダウンロードできますのでぜひお試しを。


(写真について)
 この写真3点は同じステージです。
 画面を回転させると、つながっていなかったフロアが繋がる
 様子を比べながら見ていただければと思います。
 これがスムーズなスクロールをしながらつながるのだから!
mugen1.jpg
(↑奥の階段のある道と手前の道はつながっていないが)
 

mugen2.jpg

(↑ぐるぐる回すと手前の道となぜかつながる)

mugen3.jpg

(↑さらにぐるぐる回すと最初の写真で左にあった道とつながった)

ワンダと巨像 PlayStation 2 the Best
ソニー・コンピュータエンタテインメント (2006/06/08)

 

純文学では「単行本」→数年後に「文庫本」という
ステップが用意されている。前者が1000円前後、後者が500円前後で、
その間は数年というところだろうか。

テレビゲームの場合、希望小売価格制なので
店の在庫状況により「新作価格」→「値下げ価格」となる。
最近では「ベスト」と称した「再販パッケージ価格」も出ている。
買って数ヶ月もすると「新作価格」と「値下げ価格」の差が
数千円以上になることは珍しくない。また、「再版価格」は
2000~3000円程度で、これもまた一段階の値下げに等しい。

30歳も過ぎると、「本当に欲しいソフトはすぐ買って遊び」、
「寝かせてもいいソフトは再版で買う」というアプローチが
あっていいと思う。まあまあ好きな小説家は単行本は買わず
文庫で買うような感じだろうか。
18歳の頃とは違って、2・3年プレイするのが遅くても
人生にそんなに支障はない。手当たり次第にゲームする
時間のロスと新作価格で買い集める費用を考えれば、
むしろ効率的ともいえる。

というわけで、「ワンダと巨像」。2007年秋に再版価格2800円で
購入し、2008年1月に2週間くらいかけてプレイしてみた。

ICOチームのソフト作りは、肉体感覚が気がつく頃には
ゲーム内ストーリーへの感情移入を可能とさせているところが
良いと思うのだけれど、ICO同様、今回も右人差し指が
画面の中のプレイヤーと「つながっていく」デバイスになっている。
巨像につかまるキャラクターの握力をR1ボタンが代弁しており
ゲーム内で必死に掴まる自分と、テレビの前で必死に右人差し指に
力を入れる自分が一体化していくのが心地よい。

試行錯誤しながら巨像の弱点を探し、巨体にしがみつく感覚を
画面のこちらで体感させてくれるのは、本当にゲームならではの
おもしろさなのだろう。現実をゲーム化する際に記号化しても
最後に戻ってくる快感は自分の「体感」というのがおもしろい。

映像も叙情的美しさを3Dで描画しており見事なもの。
ストーリーも切なさを醸しつつ展開し、不思議な余韻を残して終わる。
これだけの体感が2800円でできるなんて幸せなことである。

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